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2018年2月

2018年2月28日 (水)

風雲児たち幕末編30

今回ずいぶん発行に間隔がありました。連載のページ数が少なくなったのかもしれません。第28巻からずっと文久2年が続いていますが、寺田屋事件始末だった29巻からみると事態は動いています。土佐勤皇党が吉田東洋を暗殺しましたし、西郷隆盛は、今度は奄美に流され、幕府遣欧使節はヨーロッパ各国との交渉で困難にぶち当たるし日本で起こった生麦事件が事態を悪化させる、といった具合です。   
進みは遅いですが単行本で一気に読むと気になりません。    
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国を変えるエネルギーというのはギリギリまで締め付けられなければ得られないのが歴史とすると残念なことです。    
   
死亡事故が起こらないと信号がつかないなんて、よく耳にすることだし。    
ホワイトカラーエグゼンプション(裁量労働)は、だらだら効率の悪い無駄な残業はなくなる、じゃなくて際限なく仕事が投げられるという未来しかないような気がするのは悲観的過ぎるでしょうか?実際、第二の職場では名ばかり管理職でサービス残業10時間/日とか経験しましたし、だいだい教員というのは残業手当がもともとありません。    
自分が被害にあわなければ他人が虐げられても気にしない、って部分は自分もあると思います。でも子供・若者がワリを食う世の中じゃあ嫌です。    
   
つい現在の話題と絡めて考えてしまいますが、少なくともできるだけ大勢の幸福が広がるようには歴史は進んでいるような気がします。江戸の名残は探していても江戸時代に戻りたいとはちっとも感じませんからね。    

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2018年2月26日 (月)

下町でしっぽく蕎麦

何気なく蕎麦屋に入りました。「雀のお宿/向島七福」という店で、江戸時代に醤油が市中に出回るようになる前に提供されていたという古いタイプの汁を出します。近年、向島の料亭が開いた店で、あえて江戸趣味を打ち出そうというコンセプトなのでしょう。桜橋に近く、いつでもいけるという甘えからずっと立ち寄らずにきました。そういえばスカイツリーもタワーにはまだ上がったことがありません。   
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セイロを頼むとこのように2種類のツユがついてきます。薬味もそれぞれ別に盛られています。    
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右はしょうゆのツユ。ダシが利いて濃いめです。もうひとつが味噌を出しで割ったツユで、これが古式の蕎麦ツユ。どうせなら、ゆでる前の蒸して出したという古式の蕎麦と合わせてみたいところです。ゴマとアサツキをこれに入れてくださいね、とのことでした。旨味はしっかりあるのですが、醤油のツユのほうが好みでした。取って代わられたには何かしらの意味があるのでしょう。    
   
ろくにメニューを見ないで注文したので、食べ終わるころに「しっぽく」の文字に気づきました。うどんもそばもありますが、「きつねしっぽく」という耳慣れない名前がついていました。    
   
数週間後に再び暖簾をくぐり、しっぽくを確かめました。きつねの文字がついている通り、厚めの油揚げが2切れ入っています。他にはシイタケ・三つ葉・麩・かまぼこ・エノキ・厚焼き玉子です。しっぽくというのは「天ぷら」「鴨」「花巻=海苔」のようにタネの名前ではなく、「さまざまな具」という意味合いでしょうから、どんな具が入っていてもいいわけです。    
セイロと同じようにひょうたんの形にくりぬいた蕎麦、太く刻んで結んだ蕎麦、端切れが盛り込まれていました。さすがに料亭がやっているだけあって汁もとても美味しい。    
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昼時で込み合っていましたから、店の人にあれこれ聞くのもはばかられ、会計の時に「あまりない蕎麦ですね」と話しかけたら、「昔からのメニューを加えたくていれたもので、昔あったものを取り入れた」といいます。「きつねしっぽく」という名も昔使われていたものだそうです。それは初めて聞いたのでまたどこかで確認しましょう。(ググって1ページ目では見つかりません)    
セイロのツユのこともあるし、こちらの店では「向島の江戸っぽさ」を求めて、この名前を付けたのでしょう。    
   
顔の形にしたのがウケて「しっぽく」を駆逐したと思われる「おかめ」ですが、単にタネの配置の意味合いしかありません。まして「おかめ」の言葉のもともとが忘れられつつある現代では、関西では現役の「しっぽく」が何かのきっかけで復活するかも…なんて思いました。

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2018年2月22日 (木)

町内会寄席

手書きのポスターで気が付きました。灯台下暗し・・・地元でこんな行事を開いていたとは知りませんでした。回覧板とか家族に任せていたからなぁ。東京はこういうことに町会費を使うんだと改めて感心しました。記事にしませんでしたが、去年の秋から暮れにかけて「墨田区文化祭」「台東区・荒川区の消防署の集会」「博物館の催し」「青色申告会寄席」「地域NPOの文化事業」で落語を楽しめました。浅草演芸ホールの看板の前で考え込むことがありますが、入ったらトリまで見たくなります。そこまで年寄りを放置できないので入る踏ん切りがつきません。こういう会は1~2時間で済むのでそういう面からも気楽です。東京だから恩恵にあずかれるのですね

そして一町内会が落語会を開いているなんて思いもよりませんでした。噺家は春風亭柳橋と結構なものです。開始時刻よりずいぶん前に路地の中の町内会館へ行きました。1階では地域のボランティアが子供相手の講座をやっていて、うっかりそちらの部屋の扉を開けるところでした。何しろ会場には何も案内がない。見当をつけて靴を脱いで階段を上がると世話役 らしい人がたむろしていたので、確認できしました。町内にあったポスターは すべて会場の飾りになっていたのでした。

会場は座敷で、座布団がばらまかれています。部屋に入るときに会費100円を払うと飴とお茶のペットボトルをくれました。座布団に座っているのは得意ではありません。すぐ前には高座がしつらえられてめくりもちゃんと用意されてます。そしてぐるりと部屋の三方の壁沿いにはパイプ椅子。時間が近づくにつれそちらから先に埋まっていきます。年寄りはひざを曲げて座るのが楽ではないのです。
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まず会長の挨拶がありました。驚いたのはこの会は19年続いているということ。年寄りと一緒に住むようになって数年ですが、この地に縁ができて30年近くになります。まったく気づかなかった自分に呆れました。

口明けを務めたのは二つ目の柳亭明楽。近在の住人だそうです。「三方一両損」をかけました。まだ奉行の貫禄は出せません。そして柳橋。マクラでラジオニッケイの寄席番組「寄席あぷり」のことに触れ、ラジコで聞いてくださいと訴えかけました。ラジコがわかった客がいたかどうか。そういやMCをやってるからこのところ頻繁に名前を聞いたんだ。かけた噺は「干物箱」さすがベテラン真打でした。話の中に干物箱の下りがなかったようですが噺の障りになりません。誰も六代目を思い出して比べる人はいなかったでしょう。大名跡は伝わったほうがいいと思います。    
中入りがあってまた明楽の「転失気」。そして柳橋が「ねずみ」。たっぷり2時間の濃い落語会で、天候はよくありませんでしたが、大満足でした。

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2018年2月19日 (月)

二の午の初午祭り 合力稲荷に地口行灯

地口行燈の報告があった、文京区の五所稲荷神社を二の午の日に再訪しました。午後だったのですが初午の日と違って幟が新しく奉納されているものの地口行燈は飾られていませんでした。事情はよく分かりませんが、やめてしまったのか、時期が違うのか。いずれにしても都・二十三区内で初午あるいは二の午に地域で地口行燈を奉納するのは、千束稲荷と管理を同じくする吉原神社。江東区の白笹神社だけなのかもしれません。(渋谷区の白玉稲荷のレポートもあるので機会があれば確かめたいです) 
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他には、午の日に関係なく、根津神社や正月に足立区の綾瀬稲荷神社。歌舞伎座や浅草の検番、台東区の下町風俗資料館でも見られることがあるようだし、過去に特集展示をした足立区郷土資料館では展示されているのを確認しました。またどこかで出会うことがあるかもしれません。    
   
空振りで残念でしたが気を取り直して、毎年の千束稲荷に方向転換です。途中の湯島神社では梅まつりで大勢が鑑賞に来ていて、猿回しも人を集めていました。もう地口行灯を見に行こうと思う人がいなくなったからなくなってきたのだろうな。だいたい諺を主に基になった言葉自体を知らなくなったのだろうなとか考えていました。    
   
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千束稲荷ではちょうど灯が入るところで、本殿の中でなにやら祭祀をしている様子でした。自分にはどれだけ言葉がわかるのだろうかとひとつひとつ読んでまわりました。「このかぼちゃきいろだのう」で早速つまずきです。一か所に基の言葉と地口を並べたリストが掲示されているので見ると、「おんあぼきゃあべしゃのう」。真言でした。    
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これを守っていこうという意志が支えなのだと思いました。    
   
ちょうどMXテレビが取材に来て、リポーターが懸命に本読みをしていました。夕方のニュースだというので急いで帰宅の途につきました。    
   
吉原を抜けて山谷堀沿いに裏道を下りました。遠くに奉納の赤い幟が見えてきました。またお稲荷さんがあるのだなあと近づくと、予想もしなかった地口行灯が並んでいます。合力神社といって過去何度も通ったことがあります。社務所のない小さな地域の稲荷神社ですが、となりが地区の集会所になっていて人がいました。ちょっと伺ったところ毎年地口行灯を2日間飾っているそうです。   
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帰宅して検索してみたところ、この神社に言及している記事があっても、初午祭りの地口行灯について書いてあるものは見当たりませんでした。これは研究者の網にももれたお祭りが他にあってもおかしくありません。ぜひ守り継いでほしいものです。    
   
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もうひとつ。集会所の前に太鼓が置いてありました。地面からの高さがあまりありません。もしかすると「明烏」の時次郎が叩いた、子供たちの太鼓?来年に確かめてみたいと気分が高揚して帰り道につきました。

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2018年2月12日 (月)

江戸東京野菜の味わい

三河島菜。メニューとして扱う店があると知りました。その名を聞いてからイベントか何かで口にするチャンスがないかと思っていましたが、思いがけずテレビ番組で紹介され、目と鼻の先の押上だということなので早速行ってみました。野菜には期限がありますからぐずぐずしていたら食べ損なうかもしれません。

三河島菜とはもともと三河で栽培されていたものが、江戸幕府開闢に伴い三河から持ち込まれたものだそうです。荒川の氾濫原で肥沃で農地に適した荒川区一体で栽培されていましたが、いつしか忘れ去られていたものが仙台近郊で発見されて、再び東京に戻ってきたといいます。
それにしても地場野菜が廃れるというのはどういうことでしょうか。もし人気があって必要があれば都市化で耕作地がなくなったとしても他の土地に移植されるはずです。
まくわ瓜はスイカにとって代わられました。糖度を求める志向にそったものでしょう。「昔の味のトマト」とかのいいまわしを見かけることがありますが、本当にそれが良いのなら、現在の濃厚なトマトにはならなかったと思うのです。自分のように味の繊細な違いなどわからないバカ舌の持ち主であればなおさらです。

さて、紹介された店、「押上よしかつ」は柳島妙見様、法性寺の裏手、十間橋のたもと近くにあります。三河島菜に限らず江戸伝統野菜を調理法を研究して提供する店です。店頭からその意気込みが伝わってきます。
暖簾をくぐると江戸野菜を前面に押し出すディスプレイ。単品でも頼めますが、初心者にわかりやすい、いろいろ揃えたコースがリーズナブルです。少量生産の材料を使っている割に高くありません。注文を取りに来た店主に、三河島菜の希望を伝えたところコースの中の小鍋、本来は出始めの亀戸大根であるものを取り換えてくれるといいます。ちなみに今年の亀戸大根は近郊の作が悪く、香取神社の祭りで配布があるかどうかわからない状態だそうです。
突き出しがわりに煎餅や豆板などがでました。漬物は「千歳白菜」「品川カブ」 「練馬大根のたくあん」です。
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「町田の出し巻玉子」「東京シャモのそぼろ」「しんとり菜」
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刺身盛り合わせには「新島のシマアジ」「船橋のコハダ」「小柴のアナゴ」「トリ貝」、ワサビ菜などのあしらいは足立のものでした。
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三河島菜の鍋にはシイタケとホンビノス貝。この貝はもともと船底に付着してやってきた外国のハマグリ類ですが、日本のハマグリと共存し、また形も本国のものと変化している(日本の環境に合わせて?)そうです。
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みんな美味しくいただきましたが、「味の差は」と説明できる能力がありません。若いころはコーヒーを飲んで豆を当てられた時期があったのに。また時期を変えて別の野菜を味わいに行ってみましょう。

近いからいつでも、という相変わらずの思考が働いて未入店の亀戸大根の店にも行かなきゃなあ。

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2018年2月 9日 (金)

圓生のお墓にお参りしました

井の頭公園から多摩川方面に南下すると、途中に、三遊亭圓生の墓所があります。吉祥寺駅に向かう車中でその情報を読んでいましたから、この方面まで来ることはそうないと思うので、ついでと言っては失礼ですが、ぜひお参りしておきたい。  
 
三鷹市をぬけて、千歳烏山に向かいます。玉川上水を渡るあたりは武蔵野の面影の残る雑木林にも遭遇します。農地も広がります。
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一本裏通りの「寺町通り」に入ります。地図で見ると20近くの寺院が集まっています。狭いのにバスまで通り、わずかの距離に停留所が配置されるのは墓参客のためなのでしょう。バスは千歳烏山から出ています。   
永願寺という寺の門口に歌麿の墓の碑がありました。もとは浅草にあった寺が震災で移転したものです。墓石は境内すぐにありました。近くには宝井其角の墓所。やはり深川からの移転です。
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目当ての永隆寺はそこからわずか。これも震災後に本所から移転しています。落語はろーブログのおかげで墓石の位置も簡単にわかりました。義父の五代目と並んで山崎家の墓石があり、おかみさんと二人葬られています。参拝者を案内するように、三遊亭圓生の碑が迎えています。黙祷したのち辞しました。つい最近、STVラジオの新音源を聞くこともできましたし、六代目にはずいぶん長い間楽しませてもらいました。
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千歳烏山駅前から祖師ヶ谷大蔵方面へ。長い長いウルトラマン商店街を抜け、ちょっと迷って東宝スタジオの前に行ってしまいました。
世田谷区もこの辺りは多摩川による台地浸食のためにアップダウンがきつい。いったん降りて東名高速をくぐると静嘉堂文庫美術館はまた丘の上。でもそこは台地の端で多摩川に向かってひらけ、景観を楽しめる場所でした。
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用賀駅で自転車をたたんで帰路につきました。

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井の頭池の掻い掘

近頃、いろいろな池をかいぼりするテレビ番組が評判を得ています。外来生物の駆除にも役に立つようですね。(たいていの外来生物は食用か観賞用に持ち込んだのでしょうが食習慣が根付かなかったものは失敗ですね)   
その番組よりずっと前に井の頭池のかいぼりは数年前にニュースで見ました。そのときは引き上げられたゴミに焦点が当たっていた覚えがあります。しかし現在は地下水を汲みあげて水位を保つ井の頭池もいざ水を干してみたらこんこんとわく湧水点が残っていて、映し出されたのは強く記憶に残っていました。   
何度目かのかいぼりを昨年暮れにやりました。これはぜひ行ってみたい。せっかく遠出するのだから世田谷区で開催の「国貞展」にも行きましょう。    
年寄りがデイサービスにお世話になっている間ならまとまった時間が取れます。    
   
ただしその見送りと出迎えの間にすまさなければいけないので電車で吉祥寺まで向かい、区を大きく横切るのに自転車を持ち込みます。錦糸町駅からの総武線はラッシュアワーが終わって輪行袋も迷惑をかけません。      
   
井の頭池へ降りる坂から干上がった底が目に飛び込んできました。奇妙な光景です。まだ濡れた池底に幾筋か水の流れがあります。これが生き残った湧水からのものです。    
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週末なら長靴を履いて池の中を歩いて湧水点を間近に見る魅力的なツアーも催されます。まだしばらくは水底をさらした姿を見ることができるでしょう。解説によるとたまった汚泥も空気にさらすことで無害化されるそうです。    
遊歩道を昔の水源枡に移動しました。将軍の茶のための水を汲んだというそれは工事の柵に囲まれていました。    
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その近くの弁財天には人が途切れません。たいこ橋前の灯籠には天保の「日本橋」奉納の文字が見て取れます。江戸市民はこの池への感謝を忘れなかったにちがいありません。    
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まだ残った水をポンプでどんどんくみ上げて池の出口に集めていました。池は今でも神田川の主水源であることは変わりません。ここから京王線の下をくぐり、善福寺川などと合流して都心へと下っていきます。    
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次の目的地、国貞展は世田谷区でも用賀とか二子玉川のほうの 岩崎家ゆかりの静嘉堂文庫でやっています。ここから区内をほぼ南に縦断することになります。    

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2018年2月 7日 (水)

さまざまな初午

みんなが寝静まった後に「二番煎じ」を布団の中で聞く寒い日が続いています。下町では時々、火の用心の拍子木が聞こえてきます。でもこの日は初午。「明烏」の話の当日です。吉原に登楼まではできませんが、例年通りいくつかのお稲荷さんの初午行事を巡ってみました。   
観音様の裏手では吉原神社がこの日に地口行灯を置いて翌日には撤去、千束稲荷では今回、二の午(19日)に行灯を披露することにして土曜日(17日)に設置するそうです。    
   
「伊勢屋稲荷と犬の糞」とどこにでもあるものの例えとされた稲荷の祠は今も数多く街角に残されています。現代では大々的にお祀りをされているところは減ってしまいました。両国駅近く、北斎が住んだ箇所(弟子が描いた)の隣に稲荷神社があります。社務所があっても無人でひっそりしていました。   
   
中には地元で初午行事が続いているところもあって、墨田区内の飛木稲荷ではお囃子の奉納が行われます。何度も演奏は繰り返されたようですが今回は実際の奉納とタイミングが合いませんでした。お参りしてお供物だけ頂戴しました。    
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初午の地口行灯についてちゃんと研究している方いて、レポートに合った文京区の富士消防署近くの五社稲荷に行ってみたところ、ここの初午行事は二の午に執り行うとありました。

情報に基づいて、江東区の白笹神社に移動したところ、見事に地口行灯が献納されて並んでいました。初午行事は日曜日に済んでいました。   
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テレビで王子稲荷の初午・二の午の祭りも紹介していましたが、この日はそこまで手が回りませんでした。次回に楽しみにとっておきます。

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