« 2018年4月 | トップページ | 2018年6月 »

2018年5月

2018年5月27日 (日)

火の見櫓

昔から時代劇にでてくる火の見櫓といえば垂直の梯子のてっぺんに半鐘が吊るしてあるものでした。だから江戸に興味を持つようになってから屋根つきの見張り台がある形式を知りました。浮世絵にはちゃんと描かれているんですけどね。

ではそれは今はどこで見られるかというと、深川江戸資料館に実物大で再現されています。上ることはできませんが。この春、和船に乗った深川の河岸に火の見櫓を模した物置を見ました。そのうちに江戸川区の公園に再現火の見櫓があることを知りました。
SH3I0113 IMG_2125

場所は新船堀橋を渡って少し南に下がったところ。江東区の中川船番所資料館と相対する位置です。資料館は小名木川が旧中川と交わるあたり、もともとの番所近くです。小名木川はそこで終わっていますが、行徳の塩田へ続いていたわけです。江戸川区側のその新川のあとに親水公園として整備され、江戸を思い起こさせるモニュメントとして火の見櫓が置かれました。
IMG_2298 IMG_2337 

終了日に船番所資料館の江東の浮世絵展を見るついでにその親水公園に足をのばしました。浮世絵展は江東の各地ごとに作品を並べてあり、見ごたえがありました。つい先日、太田記念美術館で広重生誕150年で名所江戸百景全作をみましたが、江東区の持つ江戸百もきれいな状態です。

公園はは休日にもかかわらず人がほとんどいませんでした。火の見櫓には土手に上がって駐輪し、階段を下りて向かいました。つつじもまだきれいでしたが、塀のつくりも江戸を意識したような場所です。土日は内部に入れるようになっていますが、係が「巡回中」と看板を残してしばらく待つことになりました。
中に入ると、再現度の高さに驚かされました。土台がコンクリなのはしょうがありませんが、ちゃんと木造です。釘も和釘(?)を使っています。窓板を跳ね上げて止める金具も古風です。現代のビスはわずかにしか確認できませんでした。残念ながら半鐘は展望室にありませんでしたが、眼下に親水公園が延びていて気持ち良い景色でした。
IMG_2305 IMG_2334 IMG_2310 IMG_2320
IMG_2324
あとで二つの橋にも行ってみましたが、すべて(見る限りは)木造で、その徹底ぶりに驚きました。
IMG_2345

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月25日 (金)

竹内誠先生の講演を聞く

ここしばらくTVでもお見かけしないと思っていたら,体調を崩されていたそうです。江戸東京博物館友の会の総会・記念講演会で元気になったお姿を見るチャンスを得ました。。家に年寄がいながらノコノコ出向いたのはこの講演が予定に入っていたからでした。

今回の話は「西郷因縁話」と題し、まず大久保と西郷の和解の件から。大久保没140年の法要をめぐってひと悶着あったけれど妥協と歩みよりがあり、法要が西郷慰霊塔の前でおこなわれ安どしたそうです。

恩讐をのりこえるというと赤穂と吉良では合同で祭が行われたり、水戸と彦根するけれど、会津と長州の間では大相撲の巡業でも出身力士の宿を遠くにとるなど苦労があり、先年は自治体レベルで和解を見送るまで行きました。

続いて高村光雲と上野の西郷象の話、西郷生存説などに話題が移りました。

あと5冊著書を上梓するつもりだったのにまだ果たせていない、のだそうです。意欲満々ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月 1日 (火)

深川江戸資料館の「目で見る落語の世界」

GW向けの企画で6日で終了です。端的にいうと落語イラスト展です。風景漫画家の方(三遊亭好楽の著作の表紙も描いている)の落語を題材にしたイラストが50点強展示されています。それもただ落語をイラストに移したというのではなく、「落語漫画」と称してさまざまなデフォルメが加えられています。たとえば文七の飛び込もうとする吾妻橋は現在の橋だったり、「紺屋高尾」の花魁のバックに描かれた大門は明治期の鉄製の装飾だったりします。
他にイラスト自慢の落語家の描いた作品や過去に資料館でひらかれた落語界のチラシなんかも大量に展示されていました。

会場奥には、三遊亭円朝と古今亭志ん生の高座の人形が控えていて、模型心を刺激されました。

この資料館ではこれは「イベント」の扱いで、ときどきHPを見てはいるのですが、直前まで見落としていました。常設展示の深川の町並みの中で「年中行事・端午の節句」の飾り付けがしてあるのは新鮮でした。写真のような幟で祝われていたんですね。
IMG_2232IMG_2235IMG_2231
解説ボランティアの方が数名常駐しているのもこの資料館の特徴です。申し込みとかしなくても街の中に歩いているので、つかまえて教えてもらうことができます。まえまえからの疑問があります。江戸初期にこの深川佐賀町あたりは微高地でした。広重の江戸百でいうと「深川洲崎十万坪」や「砂むら元八まん」には、当地がまだ湿地帯だった様子が描かれています。かつては深川八幡近くに海岸線があり、江戸市中の塵芥を集めて埋立された場所でした。それがやがて新田になって茄子やネギの産地、さらには町屋に移り変わっていきました。
農作物には塩分は厳禁です。どうやって江戸時代には塩を抜いたのかちょっと当たっただけではわからなかったのでガイドさんに聞いてみたのです。答えは意外なものでした。
「塩が抜けるまで待つ」のだそうです。土木機械ではなく時間を使う、そんな発想が自分にはできませんでした。雨が降って、深川にめぐらされた運河を水運だけでなく塩の排出にも-役立てる。どれくらいの時間が必要かはわかりませんが、江戸時代の人の忍耐に脱帽です。(でも自明のことだから資料が見つからなんでしょうね)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

芭蕉記念館の「江戸名所」

両国回向院の角を曲がると一ノ橋。そのまま進んで小名木川を渡る万年橋にさしかかる手前を曲がると芭蕉稲荷神社があります。ここにはかつて芭蕉が庵を結んだと伝わります。のちに武家屋敷となりやがて大正時代、洪水のあと、芭蕉が愛でたという蛙石が見つかったので、社を立てて祭ったものです。すぐ近くに古くからの地域の鎮守もあって、その先で隅田川堤防に上がると、そこは芭蕉庵史跡展望庭園です。眼前に隅田川が広がり、清洲橋が正面に見えます。時間によって向きを変える芭蕉像が川面を向いています。小さな水たまりのような池にはオタマジャクシが泳いでいるので、やがて親になるのでしょう。
IMG_2224IMG_2227IMG_2228
芭蕉記念館がほど近くにあり、チラシで「江戸の名所と俳諧」と題した企画を知ったので出かけてみました。詩歌とは縁遠い生活ですが、江戸の名所と絡めてくれれば興味がわきます。
初めて入館しましたが、ずいぶん古い建物です。3階に常設展、2階にその企画展会場です。2階は吹き抜けになっていてぐるりと板葺の庇がとりまいて庵の風情です。江戸名所図会のさまざまなページが開かれて掲示され、その場所に関連する俳人や作品が説明されていました。
IMG_2223 IMG_2220

芭蕉は300年前の作品が伝わっているだけで凄いと思ってましたが、常設展示で「自筆の奥の細道・野坡本」が残されていて、数年前に発見されたというのは驚きました。(ネットで調べると異論もあるようです)

三館共通券を買ったので、近くの深川江戸資料館に移動しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年4月 | トップページ | 2018年6月 »